ビジネスの現場で、そんな経験はないでしょうか。
経営方針を社員に説明した。新しい戦略を投資家に語った。記者の質問にも丁寧に答えた。
自分としては十分に「伝えた」つもりなのに、相手の反応を見ると、どうも意図したようには「伝わって」いない。
これは、リーダーのコミュニケーションでよく起きることです。
私はNHK WORLDで25年以上、国内外のCEO、政府関係者、エコノミストなど、さまざまなリーダーにインタビューしてきました。
その経験から感じるのは、「伝えた」と「伝わった」の間には、思っている以上に大きな距離があるということです。
コミュニケーションの主役は「話す人」ではない
プレゼンテーションやインタビューの準備をするとき、多くの人はまず、
「自分は何を話すか」
を考えます。一番重要なことです。
しかし、本当に「伝わる」コミュニケーションを考えるなら、もう一つの問いが必要です。
「相手は何を知りたいのか」
同じ内容でも、社員、顧客、投資家、メディアでは、聞きたいことが違います。
例えば、企業が新しい海外戦略を発表するとします。
経営者にとっては、市場規模や成長戦略、投資計画について説明することが重要かもしれません。
しかし社員が知りたいのは、
「自分の仕事はどう変わるのか」
かもしれません。
投資家なら、
「その投資はいつ収益につながるのか」。
顧客なら、
「自分にどんなメリットがあるのか」。
そして記者なら、
「なぜ今なのか」「何がニュースなのか」
を知りたいかもしれません。
同じメッセージを全員にそのまま届けても、同じようには受け取られません。
伝える内容は同じでも、伝え方は相手によって変える必要があるのです。
「正確に話す」と「分かりやすく話す」は違う
専門知識や経験が豊富な人ほど、説明が複雑になることがあります。
背景も説明したい。例外も伝えたい。
誤解されないように条件も付け加えたい。
その結果、一つの質問への答えがどんどん長くなってしまいます。
インタビューをしていると、非常に興味深い話をしているのに、「結局、一番伝えたいことは何だろう」と感じることがあります。
反対に、難しいテーマについて話しているのに、驚くほど分かりやすい人もいます。
その違いは、知識の量ではありません。
「何を一番相手の記憶に残すか」を決めているかどうかです。
すべてを伝えることはできません。
だからこそ、
「相手に一つだけ覚えて帰ってもらうとしたら、何か」
を考えることが重要です。
30秒で何を残せるか
テレビのインタビューでは、このことがとてもよく分かります。
20分、30分と話を聞いても、実際のニュースで使われるコメントは数10秒ということがあります。
だからといって、短いキャッチフレーズだけを繰り返せばいいわけではありません。
大切なのは、自分の考えの「核」を理解していることです。
例えば、
「当社では現在、さまざまな取り組みを進めており、市場環境なども総合的に勘案しながら……」
と始めるのと、
「私たちが今、最も優先しているのは顧客の信頼を取り戻すことです」
と始めるのでは、聞き手に残るものが違います。
最初にメッセージの核を示し、その後に理由や背景を説明する。
それだけでも、伝わり方は大きく変わります。
世界に伝えるなら「共有されている前提」を疑う
グローバルなコミュニケーションでは、もう一つ重要なことがあります。
それは、自分にとって当たり前の前提が、相手にも共有されているとは限らないということです。
日本企業の中では説明しなくても分かることが、海外の社員や投資家には伝わらない。
反対に、海外では当然と思われていることが、日本では違う意味に受け取られる。
言葉を英語に訳しただけでは、そのギャップは埋まりません。
グローバルコミュニケーションとは、英語を流暢に話すことだけではないと私は思っています。
相手の立場から、自分のメッセージをもう一度見ること。
それが、「世界に伝わる」ための第一歩です。
「何を言うか」より先に考えたい3つのこと
重要なプレゼンテーションやインタビューの前に、私は次の3つを考えることをおすすめしています。
1. Audience ― 誰に伝えるのか
相手は何を知っていて、何を知らないのか。何に関心があるのか。
2. Message ― 何を残したいのか
すべてを覚えてもらうことはできません。相手に一つだけ覚えてもらうなら、何でしょうか。
3. Impact ― 相手にどうしてほしいのか
理解してほしいのか。安心してほしいのか。信頼してほしいのか。それとも、何か行動を起こしてほしいのか。
この3つが明確になると、使う言葉も、話す順番も、必要な情報量も自然と変わってきます。
「話す力」ではなく「届く力」
コミュニケーションというと、流暢さやプレゼンテーション能力に目が向きがちです。
もちろん、声や表情、話すスピード、間の取り方も大切です。
でも、その前にもっと重要なことがあります。
自分が話したいことではなく、相手に何が届いたか。
リーダーのコミュニケーションの成否を決めるのは、話した言葉の量ではありません。
聞き手の中に何が残ったかです。
これまでの多くのインタビューを通じて、短い言葉でも強く記憶に残る人と、たくさん話してもメッセージが残りにくい人を見てきました。
その違いを生むのは、必ずしも話術ではありません。
自分のメッセージを理解し、相手を理解し、その二つをつなぐ力です。
「私は何を伝えたか」から、「相手に何が伝わったか」へ。
この視点の転換こそ、世界に伝わるリーダーのコミュニケーションの出発点だと私は考えています。
